コロナ禍の権利擁護

    我が家のご近所で集まっていた「サロン」を最近とうとう終了させてしまった。集まってみんなでおしゃべりすることと、楽しく会食することを大切にしてきたサロンは、このコロナ禍では一番やってはいけないことになってしまったからだ。残念ではあるが、再開の見通しの立たないままで期待だけさせるのは申し訳ないと思った。

 しかし一方では、「みんなの顔を見なくなってボケがひどくなった気さえする」との声も聞こえている。コロナは、人と会って楽しい時間を持つという、高齢者の人生を楽しむ権利さえ奪ったのではないかと思い、憤りさえ覚える。

 コロナの名の下に、会わない、しゃべらない暮らしの中で埋もれ見えなくなっていることはないだろうか。そこに奪われている権利があるのだとすると、目を凝らして見つけ出し、擁護しなければならないと、漠然だが強く思っている。

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